今日6月24日は「ドレミの日」です♪
1024年、イタリアの僧侶(!)が音階の呼び方を定めたことに由来するそうです。
今回は、その音階と記譜法に関する歴史を少しご紹介します。
息抜きに読んでみてくださいね!
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僧侶の名前はグイート・ダレッツォ。実は音楽教師でもありました。
グイートは毎年6月24日に行われていた(といわれる)「洗礼者ヨハネの祭」のため、聖歌隊に「聖ヨハネの賛歌」を教えていました。ところが聖歌隊が膨大な量の歌を暗記するのに苦労しているのを見た彼は、音楽をより正確に覚えられるようにしたい!と、ある方法を考案しました。
それは、「聖ヨハネ賛歌」の各節が一音節ずつあがっていくことを利用し、各節の始まりの歌の頭文字を「ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ」と定めるというものです。
「聖ヨハネ賛歌」の歌詞
・Ut queant laxis
・Resonare fibris
・Mira gestorum
・Famuli tuorum
・Solve polluti
・Labii reatum
・Sancte Johannes
これが音階の最初の形です。
さらに、この音階を使って四本線の上に四角い音符を書くスタイルで音楽を記すこともできるようにしました。これにより、それまで人間の記憶に頼って伝えていた聖歌を記し、正確に覚えられるようにしたのです。
また、手の指の各関節に音名を割り振って示す「グイードの手」を考案し、音階・音名・階名の仕組みを分かりやすくしました。
※音楽の教科書などで見たことがある方も多いのではないでしょうか?
これらグイードの音楽指導法は高く評価され、1028年、当時のローマ教皇ヨハネス19世の前でその指導法を披露することもありました。
グイードが考案した様々な指導法は音楽の礎となり、現代でも応用されています。
例えば、音階については「ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ・シ」を、より発音しやすく使い勝手の良い「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」に形を変え、楽譜の書き方は四本線に四角い音符から五本線に丸い音符を書くスタイルに変化し使われています。
普段当たり前に使っている楽譜ですが、もし当時典礼に音楽を用いていなかったり、伝えることに消極的でしたら現在のような分かりやすい形に行き着いていなかったかもしれません。またあるいは何百年後かにはこれまでにない楽器が発明され、新たな記譜法が出てきているかも知れませんね。
以上、ドレミの日にちなんだ音階と記譜法の歴史のご紹介でした♪
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